短編小説

今日の短編(50) トルーマン・カポーティ「最後の扉を閉めて」

逃げれば逃げるほど、敵は強く、大きく、恐ろしく見えるものだ。 自分に厳しくあることは、難しい。人間易きに流れるのは容易で、そこから流れをさかのぼっていくのは本当に困難だ。自分に優しく、人に厳しく生きていると、いずれ誰からも相手をされなくなる…

今日の短編(49) トルーマン・カポーティ「夢を売る女」

全てを欲しがる欲望は何を求めているのか判らない焦燥感がもたらすもの。 時と夢を燃料にメリーゴーランドのようにぐるぐるまわってどこにも行かず。 寒くて、淋しくて、やるせない。 トルーマン・カポーティ「夢を売る女」( Master Misary by Truman Capote…

今日の短編(48) 森鴎外「妄想」

「こころよく 我にはたらく仕事あれ それを仕遂げて死なむと思ふ」石川啄木にこんな歌がある。これが天命かどうかは分からないけれども頑張ってみる。がむしゃらに脇目も降らず夢中に一生懸命にななんてうまくは行かないけれども、やってみる。頑張ってみる…

今日の短編(47) トルーマン・カポーティ「夜の樹」

「闇にまぎれて生きる おれたちゃ・・・なのさ」なんて歌が昔あった。少女が出会ってしまった二人連れは、普通だったら交差しない向こう側に生きている人々だと思ったに違いない。しかし我々が思っているよりずっと近くに彼らは住んでいる。スティーヴン・キ…

今日の短編(46) トルーマン・カポーティ「ミリアム」

自分が世界とどこでつながっているか。本当につながっているのか。それは意識しないでいるとすぐに希薄になる。無いままに過ごしていると、無くしたことすら忘れてしまうものなのかもしれない。僕らにとっても彼女がいつか、そっと、現れる・・・。きっと。 …

今日の短編(45) 森鴎外「カズイスチカ」

タイトルの「カズイスチカ」(Casuistica)というのはラテン語で患者についての臨床記録という意味だそうだ。。 今やっていることは本当はやりたいことではないのだけれど、それが何なのかは良くわからない。という感覚は良くわかる。「とりあえず」「云々じ…

今日の短編(44) 森鴎外「普請中」

帰国した鴎外を追いかけて来日したドイツ人女性がいる。名はエリーゼ・ヴィーゲルト。小説「舞姫」に出てくるヒロインとほぼ同名の女性だ。授業ではそのことに触れないことが多い。実在のモデルがいるらしいと知ると、「舞姫」は森鴎外の経験談、ノンフィク…

今日の短編(43) 森鴎外「杯」

すっと背筋の通った毅然とした態度が目に浮かぶ。大勢に流されない確固とした自分を持っていたいものである。 森鴎外「杯」 第八の娘の、今まで結んでいた唇が、この時始て開かれた。 "MON. VERRE. N'EST. PAS. GRAND. MAIS. JE. BOIS. DANS. MON. VERRE" (…

今日の短編(42) レイモンド・カーヴァー「頼むから静かにしてくれ」

聞かずにいたほうが、知らずにいたほうが幸せなことが人生には訪れる。心の底にそのまた奥のほうにそっと隠しておいた方が良いのだろう。 レイモンド・カーヴァー「頼むから静かにしてくれ」(Will You Please Be Quiet, Please? by Raymond Carver) 人生は生…

今日の短編(41) レイモンド・カーヴァー「合図をしたら」

日常のちょっとした「ずれ」が積もり積もって気が付くと二人の間に大きな隔たりをもたらしている。すごく我慢してるんだろうなぁ。この男性。 レイモンド・カーヴァー「合図をしたら」(Signals by Raymond Carver) 「我々はこういう機会をもっとちょくちょく…

今日の短編(40) レイモンド・カーヴァー「何か用かい?」

言い訳ばかりの男は情けない。言葉を費やせば費やすだけ、真実は離れていく。 レイモンド・カーヴァー「何か用かい?」 (What Is It ? by Raymond Carver) 「また風向きも変わるさ!」と彼は声をかける。彼女はもう車寄せのところに行っている。「月曜からま…

今日の短編(39) レイモンド・カーヴァー「自転車と筋肉と煙草」

きっと忘れない、と思っていても年月とともに薄れていく記憶がある。小さな頃にはあんなに鮮明だったのに、一体あの思い出はどこに消えてしまったのだろう。脳みその小箱のどこかにまだ入っているのだろうか。 父親が父性を公共の場で示せる機会と言うのはぐ…

今日の短編(38) レイモンド・カーヴァー「こういうのはどう?」

田舎暮らしに対する漠然とした憧れは、漠然としたまま胸のうちにしまっておいたほうが良いことが多い。毎日の生活を淡々と、ストイックなまでに繰り返していける人だけが享受できるものなのかもしれない。 それはさておき、それがなんなのか漠然としすぎてわ…

今日の短編(37) レイモンド・カーヴァー「鴨」

レイモンド・カーヴァー「鴨」 (The Ducks by Raymond Carver) 死を間近に感じることは、今の僕らの生活ではほとんどないけれども、それでも、そのことを考えるというか、感じる気持ちは忘れちゃいけないよな、と思う。メメント・モリ。 「僕も同じことをみ…

今日の短編(36) レイモンド・カーヴァー「嘘つき」

それは結構、根本的な問題ななんじゃないでしょうか。ある秋の夕暮れ、家の隣の、当時はまだ原っぱだった背の高い草むらで赤とんぼを捕まえたことがあった。学校で友達にきいたように胴体にタコ糸を結んで飛ばしたいと思ったのだけれど上手にできない。何度…

今日の短編(35) レイモンド・カーヴァー「ジェリーとモリーとサム」

なんにでも応用可能な感嘆符。「酒! 泪! 男と女!」ってこれじゃ河島英五ですね。絶望や希望やなんやかやがごっちゃになっていて当人にも良くわかっていない感じが伝わってくる。情けないながらもそこはかとないユーモアも感じらるダメ父さんがどこか愛し…

今日の短編(34) 吉本ばなな「窓の外」

荒々しい、南米のむき出しの生命みたいなものを、文章の向こう側に感じた。泥色の濁流がしぶきを上げている写真が挿入されているのが大きいのかもしれない。イグアスの滝といえば、何年か前村上龍の「パラグアイのオムライス」を読んだ。あれも印象深い短編…

不倫と南米 世界の旅 (3)

不倫と南米―世界の旅〈3〉 (幻冬舎文庫)作者: 吉本ばなな出版社/メーカー: 幻冬舎発売日: 2003/08メディア: 文庫購入: 2人 クリック: 10回この商品を含むブログ (32件) を見る住み慣れた場所を離れて、非日常の世界に立つことで見えてくるものがある。それは…

今日の短編(33) 吉本ばなな「日時計」

吉本ばなな「日時計」 人生はたくさんの事件の連続で、愛する人になにが起ころうとまわりはじいっと見ているしかない。 不倫と南米―世界の旅〈3〉 (幻冬舎文庫)作者: 吉本ばなな出版社/メーカー: 幻冬舎発売日: 2003/08メディア: 文庫購入: 2人 クリック: 10…

今日の短編(32) レイモンド・カーヴァー「他人の身になってみること」

学生時代、友人の下宿に1週間も2週間も泊り込んでいたことを思い出した。帰省した友人宅に居ついて、新聞だったか水道料金だか、払ったこともあったなあ。皆で飲んで大騒ぎして、どこだかから持ってきた薬用ドリンクの大きな看板が玄関前に飾ってあった。…

今日の短編(31) 吉本ばなな「ハチハニー」

ハチミツレモンではなくハチハニー。傷を癒すために、悲しみを薄めるための母の愛。 吉本ばなな「ハチハニー」 時間をかせぐのだ。それしかできないのだから。野生動物がじっと傷をなめて、熱をもった体中を癒すために暗がりでただ待っているように、精神が…

今日の短編(30) 吉本ばなな「プラタナス」

それぞれが思い浮かべる「あの」風景。 吉本ばなな「プラタナス」 もはやあのホテルの前の道は、私にとってこの街のもっとも大きな思い出の風景だった。風が吹き、青空の色を背景に、あるいは真っ暗い夜の漆黒の闇を彩って、だだっ広いまっすぐな道一面に手…

今日の短編(29) 吉本ばなな「小さな闇」

「当たり前の、ごく普通の、どこにでもいるような」と思って安心してしまうことが多いけれども、本当は普通なんていうのはない。誰もが、年齢の分だけ時間をコツコツと重ねた結果、今、そこにいる。良かったことも嫌だったことも楽しかったことも悲しかった…

頼むから静かにしてくれ 

頼むから静かにしてくれ〈1〉 (村上春樹翻訳ライブラリー)作者: レイモンドカーヴァー,Raymond Carver,村上春樹出版社/メーカー: 中央公論新社発売日: 2006/01メディア: 新書購入: 4人 クリック: 61回この商品を含むブログ (89件) を見る中央公論新社の村上…

今日の短編(28) レイモンド・カーヴァー「学生の妻」

眠りに取り残されてしまった夜は長い。太陽は同じように沈み、そして昇ってくるだけなのに、「やっと待ち望んでいた朝が来た」「もう朝になってしまった」正反対の感情がその時々に起こる不思議さ。彼らは社会に参加できているような、できていないような、…

今日の短編(27) 吉本ばなな「最後の日」

なにか大きなものというか、存在というか、仕組みというか、人間の考える善悪などは超越したものがこの世の中にはあって、その冷徹な目で我々の日常が観察されているような。ある一瞬に感じた思いや気持ちを十分にあらわすことは難しいし、足りていないなと…

今日の短編(26) レイモンド・カーヴァー「サン・フランシスコで何をするの?」

「自由っていったいなんだい。どうすりゃ自由になるかい。」尾崎豊がいつかそう歌っていた。そりゃ一日中なにもせずぶらぶらしているのもいいけれども、そういうのは3日もすれば飽きる。肉体的にも精神的にもどこか淀んでいくような、腐ってくるような気がし…

今日の短編(24) レイモンド・カーヴァー「収集」

この奇妙な読後感は以前にも感じたことがある。いつか、どこかで読んだことがある。誰が、何を収集しているのだろう。原題は Collectors 複数形だ。所属する場所をなくした人間は所在無げで頼りない。 レイモンド・カーヴァー「収集」 (Collectors by Raymon…

今日の短編(25) 吉本ばなな「電話」

心を大きく動かされた出来事というのは、その場所や空間や行動の記憶と一緒に記憶に刻まれている。 具体的に自分の人生でこんなことがあったと思い出せるわけではないのだけれど、そうなんだよなぁと思う。そんなふうにじんわり沁みてくる。この人の文章の特…

今日の短編(23) レイモンド・カーヴァー「ナイト・スクール」

ただ酒にありつけてラッキー。なんとなく話はあわせられたし、時間もつぶせた。後ろを向いた人生はつらそう。 レイモンド・カーヴァー「ナイト・スクール」 (Night School by Raymond Carver) 悪夢を見る男がいる。彼はその悪夢の中で、自分が夢を見ていると…