2007-01-01から1ヶ月間の記事一覧

今日の短編(51) トルーマン・カポーティ「無頭の鷹」

トルーマン・カポーティ「無頭の鷹」( The Headless Hawk by Truman Capote ) やがて彼は緑色のレインコートを着た女の子を見つけ出した。五十七丁目と三番街の角に立っている。そこに立って煙草を吸っている。何か歌を口ずさんでいる。レインコートは透明で…

今日の短編(50) トルーマン・カポーティ「最後の扉を閉めて」

逃げれば逃げるほど、敵は強く、大きく、恐ろしく見えるものだ。 自分に厳しくあることは、難しい。人間易きに流れるのは容易で、そこから流れをさかのぼっていくのは本当に困難だ。自分に優しく、人に厳しく生きていると、いずれ誰からも相手をされなくなる…

(手帳4)もう一人の自分

(手帳4)もう一人の自分 「高校生のための文章読本」より 「もう一人の自分」を見つめようとする時、わたしたちはある種のいらだちを覚える。それは自分の姿や声をじかに見たり聞いたりすることができない時のいらだちに似ている。 では、わたしたちが、青…

大岡昇平「手」

大岡昇平「手」「高校生のための文章読本」より この物体は「食べてもいいよ。」といった魂とは、別のものである。 私はまず死体を蔽った蛭を除けることから始めた。上膊部の緑色の皮膚(この時、私が彼に「許された」部分から始めたところに、私の感傷の名…

吉原幸子「人形嫌い」

吉原幸子「人形嫌い」「高校生のための文章読本」より 幼いころから、私は人形遊びをしたことがない。動物ならまだしも、あの女の子の姿をした人形を女の子がもったいらしいふけた表情で抱いている光景は、何かグロテスクで近寄難かった。 人形を可愛がるほ…

魯迅「傷逝」

魯迅「傷逝」 「高校生のための文章読本」より あのとき私が、どんなやり方で、私の純粋にして熱烈な愛情を彼女に伝えたものか、今はもう覚えていない。今どころか、あのときの直後にはもうボンヤリしてしまって、夜になって思い出そうとしても、いくらかの…

金子光晴「日本人の悲劇」

金子光晴「日本人の悲劇」 「高校生のための文章読本」より 僕のながい生涯で、この瞬間ほどはっきりと日本人をみたことはなかったのです。人間に対するいやらしさが、日本人のいやらしさの限りとして、同時に浮かびあがり、しられたくないあさましい記憶が…

三善晃「もしかして」

三善晃「もしかして」 「高校生のための文章読本」より このときの「もしか」は反射的でなかった。「もしか」の息のつまりそうな苦しさは、とても長く続いたように思う。だが私は、いつ、どうして桶を手にしたか、覚えていない。ただ、祖母の顔にかぶせた桶…

小林秀雄全作品から(7) 「ことばの力」

「ことばの力」昭和31年(1956)2月「子どもとことば」に発表 どこの国の子どもでも、まず数学の記号を覚えてから、数をかぞえやしない。ことばによって数をかぞえて育つのである。この子どもの時のやりかたを、人間は、同じ言葉を使っている限り、大人になっ…

(手帳3)ことばで遊ぶ

大学時代、課題で言葉遊びの作品を作るというのがあった。「倉田が往復ビンタをくらった」「北野が来たのー」という親父ギャク以前の稚拙なものを提出日に50ばかしでっち上げて提出した。先生のコメントに「もうすこしひねりましょう。例 夫「貧乏暮らしに…

別役実「とぜんそう」

大真面目な顔で嘘をつく。信じ込ませることに成功すると、すごく気持ちがよい。ところどころにユーモアが顔を出している。 別役実「とぜんそう」 高校生のための文章読本より ともかく、現在《とぜんそう》の栽培は禁止され、我が国では和歌山県の農業試験場…

モーツァルト「姉への手紙」

モーツァルト「姉への手紙」 高校生のための文章読本より ごきげんよう。ぼくの肝臓(ルンゲル)ちゃん。キスをおくるよ、ぼくの肝臓(レバー)ちゃん。ぼくの胃袋(マーゲン)ちゃん、いつも変わりないあなたのろくでなしの弟、ヴォルフガング。お願い、お…

高橋源一郎「さようなら、ギャングたち」

高橋源一郎「さようなら、ギャングたち」 高校生のための文章読本より そしてわたしは偉大な鉄工所でも働いた。 偉大な鉄工所においては「耳栓」こそが生命と繁栄のシンボルだった。 高校生のための文章読本作者: 梅田卓夫,清水良典,服部左右一,松川由博出版…

筒井康隆「バブリング創世記」

これ、なんどか見たことがありました。最初の数行はへぇと読んでいくのですが、ページ一杯に広がるこのカタカナの圧倒的破壊力を前に、字面をきちんと追いかけて読み進めていく根気を保てない根性無しでした。 筒井康隆「バブリング創世記」 高校生のための…

小林秀雄全作品から(6) 「常識」

やりたいことや知りたいことを探すのに、物理的な距離や、言語は以前と比べてそれほど障害にならない。自分ひとりでの閉じた作業ではなく、誰か他者と何かを一度も会うことなく一緒にすることも容易になった。自分の立っている場所、共同体、社会の常識とい…

小林秀雄全作品から(5) 「読書週間」

子どもの頃から本は大好きだった。気に入った本はその内容が身体のどこかに染み込んでいるだろうと思えるほど、何度も何度も読み返した。大きくなって、読みたい本が加速度的に増え、読める時間がぐんと減って、気に入った本を読み返すことがめっきり減った…

(手帳2)一番古い記憶

自分史を書いてもらうために、授業のたびに一つの質問に答えるメモを取り続けてもらったことがある。7ヶ月か8ヶ月くらいかけて答えてもらった30数個の一番最初の質問が「あなたの一番古い気を句を教えてください」であった。お、と興味を引いてもらいやすい…

森茉莉「猛獣が飼いたい」

当たり前を、平凡を拒絶した、超越しているような感性。 森茉莉「猛獣が飼いたい」 高校生のための文章読本より 私が若かったとして、だれかがおむこさんを紹介してくれるよりも、一匹のライオンの仔か、黒豹の仔(両方ならなお満足)をくれた方がうれしい。…

野間宏「地獄篇第二十八歌」

野間宏「地獄篇第二十八歌」 高校生のための文章読本より 両手をズボンのポケットにつっ込み、つっ立っている長身の彼の体には、自分で自分の体を扱いかねているような不自由で苦しげなところが露わに表れている。 高校生のための文章読本作者: 梅田卓夫,清…

I・ディネーセン「イグアナ」

物凄くステキで輝いてみえていたものが、手に入れるとありきたりのなんてことないものに見えてしまうのは何故だろう。 I・ディネーセン「イグアナ」 高校生のための文章読本より 私はイグアナの死体が横たわる石に向かって歩いていった。ほんの何歩といかな…

吉行淳之介「蠅」

性を意識する時に感じた自分の肉体が自分でないような、違和感と拒絶感。同様に他者の肉体も同じように遠く受け入れがたいものと感じられる。 吉行淳之介「蠅」 高校生のための文章読本より その瞬間、少女はよろけて、半歩遅れた。立ち直ったとき、目の前に…

(手帳1)表現への扉をひらく

どの作品を選択するか、どこを引用、抜粋するかという選者の目が、意思がアンソロジーの価値であり、醍醐味なのだと思う。どう見るか。どう書くか。視点の多様性と幅の広さを一同に見ることは非常に面白く価値のあることだと思う。 (手帳1)表現への扉をひ…

小林秀雄全作品から(4) 「教育」

身も心もおじさんですから、などとうそぶきつつ、内心すぐ近くに寄り添っていたつもりだったけれども、気がつけば、彼らと僕の年齢上の差はどんどん広がっていく。はじめから大変なことだったけれども彼らの世界をなんとなく理解するだけでも、その困難は年…

小林秀雄全作品から(3) 「自由」

事物と、物事。身体と体と躯・・・言葉が違うということは、その意味するところのものにはなにかしらの違があるはず。しかしその我々がその差異を意識することはほとんどない。自由という言葉は懐の深い、たくさんのニュアンスを飲み込んでしまう言葉なのだ…

今日の短編(49) トルーマン・カポーティ「夢を売る女」

全てを欲しがる欲望は何を求めているのか判らない焦燥感がもたらすもの。 時と夢を燃料にメリーゴーランドのようにぐるぐるまわってどこにも行かず。 寒くて、淋しくて、やるせない。 トルーマン・カポーティ「夢を売る女」( Master Misary by Truman Capote…

2リットルペットボトルを自作スピーカに使いました

スピーカを作り始めました - 繭八庵@Hatenaではじめた自作スピーカですが、この2週間でほんのわずかに進展がありました。使っているのはスピーカユニットにFOSTEXのFE83E、エンクロージャの木材にはピノス集製材。前回のこぎりでカットに全く精度が出ず、前…

武満徹「吃音宣言―どもりのマニフェスト」

武満徹「吃音宣言―どもりのマニフェスト」 高校生のための文章読本より 音と言葉を一人の人間が自分のものにする最初の時のことを想像してみたらいい。芸術が生命と密接につながるものであるならば、ふと口をついて出る言葉にならないような言葉、ため息、さ…

島尾敏雄・ミホ「戦中往復書簡(抄)」

島尾敏雄・ミホ「戦中往復書簡(抄)」 高校生のための文章読本より 八月十三日 夜中 (特攻戦発動、出撃準備ノ夜) 北門ノ側マデ来テイマス ツイテハ征ケナイデショウカ オ目ニカカラセテクダサイ オ目ニカカラセテクダサイ ナントカシテオ目ニカカラセテク…

散歩の友

最近は随分日も延びて、5時くらいはまだ割合明るい。子供が一緒に来られないときは、ipodで音楽聴きながらのことが多かったけれども、この1、2週間は少し前に書いたこれらを聴いていることが多い。 小林秀雄講演 文学の雑感 - 繭八庵@Hatena 小林秀雄講演 …

原民喜「鎮魂歌」

原民喜「鎮魂歌」 高校生のための文章読本より それは僕のなかにあるような気がする。僕がそのなかにあるような気もする。 僕をつらぬくものは僕をつらぬけ。僕をつらぬくものは僕をつらぬけ。一つの嘆きよ。僕をつらぬけ。無数の嘆きよ、僕をつらぬけ。僕は…