小林秀雄全作品から(5) 「読書週間」

子どもの頃から本は大好きだった。気に入った本はその内容が身体のどこかに染み込んでいるだろうと思えるほど、何度も何度も読み返した。大きくなって、読みたい本が加速度的に増え、読める時間がぐんと減って、気に入った本を読み返すことがめっきり減った。読み返すたびに違うところで眼がとまり、当たらし喜びや気付きがあったりしたものだけれども、最近は時間の制約からそういうことも出来なくなってきた。だからというわけではないけれども、自分が読んで気になったところ、好きな箇所を抜き書きして記録しておくことはあとから振り返った時に記憶を呼び戻す良いきっかけになるんじゃないかと思っている。

  • 「読書週間」昭和29年(1954)2月「新潮」に発表

一定の目的も、差し迫った必要もあるわけではないが、ただ漫然と何を読んだらいいか、という愚問を、いかに多数の人々が口にしているか。これは、本が多すぎるという単なる事実から、殆ど機械的に生ずる人々の精神の朦朧状態を明らかに示している様に思われます。

教養とは、生活秩序に関する精錬された生きた智慧を言うのでしょう。これは、生活体験に基いて得られるもので、書物もこの場合多少は参考になる、という次第のものだと思う。教養とは、身について、その人の口のきき方だとか挙動だとかに、自ら現れる言い難い性質が、その特徴であって、教養にあるところを見せようという様な筋のものではあるまい。

無論、読書百遍という言葉は、科学上の書物に関して言われたのではない。正確に表現する事が全く不可能な、又それ故に価値ある人間的な真実が、工夫を凝した言葉で書かれている書物に関する言葉です。

小林秀雄全作品〈21〉美を求める心

小林秀雄全作品〈21〉美を求める心

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