今日の短編(67) よしもとばなな「おかあさーん!」

心細くて、寂しくて、元気がなくて、勢いを失って、体のどこからも力が湧いてこない。何気ない一言に傷ついたり、当り散らしたり。そんなネガティブな袋小路に突き当たりそうになったとき、無条件の無私の母の愛に包まれていたことに気がつけるのかもしれない。

ひどくて、無神経で、ひとの話を聞いてはそれをネタに人気のある小説を書いて、いばっている人たちだったはずなのに、こちらが思わず自分をさらけだしたら相手もそうなって、まるで歳も立場も対等な子ども同士みたいになってしまった。
あの人の小説が人に好まれる本当の理由がよくわかった気がした。
みんな、とりあえず形のとおりにふるまっているだけで、本当はそこの奥にあるすてきなものをお互いに交換しあっているのかもしれないと私は思った。

「おかあさーん! おかあさん、おかあさん!」
私はお母さんに抱きついて、きつく首に手を回した。

デッドエンドの思い出 (文春文庫)

デッドエンドの思い出 (文春文庫)

 所収