三島由紀夫「春の雪」

三島由紀夫は高校時代に「仮面の告白」に挫折して以来苦手意識があったのだけれど、この作品で印象が変わった。2005年の映画公開の折に買って積んでいたものをようやく読了。華やかな柔らかな文章に酔いました。

春の雪―豊饒の海・第一巻 (新潮文庫)

春の雪―豊饒の海・第一巻 (新潮文庫)

「この間は愉しゅうございましたわ。私をまるで許婚のように紹介して下さってありがとう。王子様方はこんなお婆さんがとお愕きになったでしょうけれど、あのひとときで私はもう、いつ死んでもいいような気がいたしました。あなたはあんなに私を仕合せして下さる力がおありになるのに、めったにその力をお使いにならないのね。私はこんな仕合せな新年は存じません。今年はきっといいことがありますね」

何喰わぬ顔でこの世の秩序を裏側から維持してゆく者の自身は、大切な儀式の最中に綻びる筈のない着物が綻びたり、忘れる筈のない祝辞の草稿が失くなっていたりする、物事のふしぎな起り具合を知悉しているところから生れていた。彼女にとってはむしろそんな起りそうもない自体が常態であり、その機敏な繕い手であることに、自分の不測の役割を賭けていた。この落着いた女には、この世で絶対に安全なものなどはなかったのだ。雲一つない青空にさえ、思いもかけぬ燕の一閃が、時ならぬ鍵裂きをつくったりするからには。

そのとき清顕はたしかに忘我を知ったが、さりとて自分の美しさを忘れていたわけではない。自分の美しさと聡子の美しさが、公平に等しなみに眺められる地点からは、きっとこのとき、お互いの美が水銀のように融け合うのが見られたにちがいない。拒むような、いらいらした、とげとげしたものは、あれは美とは関係のない性質であり、孤絶した個体という盲信は、肉体にではなくて、精神にだけ宿りがちな病気だとさとるのであった。

「子供よ!子供よ!清様は。何一つおわかりにならない。何一つわかろうとなさらない。私がもっと遠慮なしに、何もかも教えてあげていればよかったのだわ。御自分を大層なものに思っていらしても、清様はまだただの赤ちゃんですよ。本当に私が、もっといたわって、教えてあげていればよかった。でも、もう遅いわ。・・・・・・」

春の雪 [DVD]

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竹内結子妻夫木聡主演の映画も見たくなりました。