今日の短編(4) ダニエル・ライオンズ「バースデイ・ケーキ」
最後の1センテンスというものは、どの作品でも一番印象に残りやすい。ある景色を目指して一段ずつ上ってきた階段の一番上にたどりついた喜びだとかその眺望だとかそこまでの余韻みたいなものが凝縮されている。
その最後の1センテンスを引用したいところではあるけれども、それはやっぱりこれからその作品を読むかもしれない人たちにとっては不要なものだろう。僕のエントリが、誰かにとって本を手に取るきっかけに成り得るとは思ってはいないのだけれども、あんまりおいしいところを紹介するのは避けたほうが良いですよね。やっぱり。
頑固な意固地なおばあちゃんのケーキをめぐるお話です。
ダニエル・ライオンズ「バースデイ・ケーキ」(THE BIRTHDAY CAKE by Daniel Lyons)
ルチアは振り返らなかった。彼女は凍りついたところを踏まないように気をつけながら、ゆっくりとニューベリー・ストリートを歩いた。あの洗濯屋の娘が、いやロレンツォにしたところで、わたしのいったいなにを知っているというんだ?献身的な愛情がどんなものかあいつらにわかるわけがないんだ。
だとしても、苦しみに耐えるというのがどんなことだか、彼らにわかるだろうか?いや、わかるわけがないんだ。階段の照明は暗かった。彼女は空いた方の手でしっかりと手すりをつかんだ。一段あがるごとに体をやすめた。そしてずきずきする腰の痛みを落ちつかせ、また次の一段をあがった。
- 作者: 村上春樹
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2006/01
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