今日の短編(46) トルーマン・カポーティ「ミリアム」

自分が世界とどこでつながっているか。本当につながっているのか。それは意識しないでいるとすぐに希薄になる。無いままに過ごしていると、無くしたことすら忘れてしまうものなのかもしれない。僕らにとっても彼女がいつか、そっと、現れる・・・。きっと。
トルーマン・カポーティ「ミリアム」( Miriam by Truman Capote )

「何の用なの?」ミセス・ミラーは聞いた。
「坐ってよ」ミリアムはいった。「立っている人を見るといらいらするの」
ミセス・ミラーはクッションに身を沈め、「何の用なの?」と繰返した。
「わたし、歓迎されていないみたいね」
しばらくのあいだミセス・ミラーは返事をしなかった。手だけを意味も無く動かした。

「でもとてもきれい。わたし、これ欲しいわ」ミリアムはいった。「わたしに頂戴」
ミセス・ミラーは立ったまま、ブローチを取り返そうと何かいい言葉を考えようとした。そのとき彼女は、自分には頼りになる人間が誰もいないことに気がついた。彼女はひとりぼっちだった。長いあいだ考えたことがなかったが、それは事実だった。いまはじめてその厳然たる事実に気づいて彼女は愕然とした。しかし、いまこの雪の降りしきる町の部屋のなかには彼女の孤独を示す証拠がいくつもあった。彼女はその証拠をもはや無視できなかったし、驚くほどはっきりとわかったことだが、それに抵抗も出来なかった。

自分を取り戻したことに満足しながら耳をすましていると、彼女は二重にかさなった音が聞こえてくるのに気がついた―箪笥の引出しを開けたり閉めたりする音。その音はやんだあとにもずっと聞こえてくるような気がしてきたー開けたり閉めたりしている。その耳障りな音はやがて、絹のドレスのささやくような音にかわり、その微妙にかすかな衣擦れの音は彼女のほうにどんどん近づいてきて、大きくなり、ついに、壁が振動で振るえ、部屋全体がその絹のささやきの波にのまれていった。ミセス・ミラーは、身体をこわばらせ、目を大きく開いて、もの憂げにこちらを見つめている女の子の目を見た。
「ハロー」とミリアムがいった。

夜の樹 (新潮文庫)

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