今日の短編(63) 藤沢周平「かが泣き半平」

愚痴っぽい人やすぐに文句をいう人って、一寸損をしている。狼少年と一緒で、「また言ってら」と思われちゃったら、もう話を聞いてもらえていない。

無用心で尻尾握られちゃって、おっちょこちょいだなと、幾分からかいの目で読んでいると、やるところではきっちり実力を出してくるのだから面白い。こういうギャップがないと人間面白くない。と思う。

はげしい気合とともに、采女正が踏みこんで来た。はたして采女正の間合いで仕掛けて来たのである。半平は体をかわし、足りないところを剣をはね上げてのがれた。そのとき指に鋭い痛みが走った。斬られたのだ。
だが交錯する一瞬の隙に、半平は采女正の内懐に入ることが出来た。鋭く肩を斬った。飛びのくと、間をおかずにふたたび采女正の剣が襲って来た。避けるひまがなく、半平は体を沈めながら、相手の籠手を斬った。
采女正の剣は、さっき腰にくくりつけた半兵の手拭いを斬り放した。だが半平は、いまの一撃が采女正の手首を斬ったのを感じた。半平の身体が、ついに師である亡父をしのいだころの、軽やかな動きを取りもどしていた。半平の身体は反転して、再度采女正の懐の内側に入った。

たそがれ清兵衛 (新潮文庫)

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