今日の短編(58) 藤沢周平「ごますり甚内」

今回とみに映像が浮かんでくる描写が多かったような気がします。

甚内は中背で、みた眼にはやや貧弱に思われるほどの細い身体をしている。だが、問題は体躯ではなくて顔にあるだろう。甚内はひと口に言えば、醜男である。出額で、眼が大きく口も大きかった。そしてまだ三十をこえたばかりだというのに、鬢(びん)の毛がいちじるしく薄くなっている。

梅雨の晴れ間というのだろう。空にはときどき淡あわしく白い雲が行きすぎるものの、ひさしぶりに青空がひろがり、まぶしいほどの日射しが木々の青葉にはねている。甚内はいそぎ足に町裏の道をたどって行った。

甚内は寺町に入った。寺院の塀の白壁と、塀の内側に茂る青葉の上に斜めに日が射しこんでいる道は、人影もなくひっそりとしている。

たそがれ清兵衛 (新潮文庫)

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