今日の短編(53) 石田衣良「恋の主役」

男だから、女だから、ということもないとは思うのだけれども、がしかし、そういうものかもしれない。

なぜ男はわからないのだろう。あなたは考える。一度ほんとうにダメになってしまったら、もうやり直しはきかないのだ。あなたは表情を変えずに、最後のデートを思い出す。彼は先週、あなたのまえで泣いたのだ。

あなたは泣いている彼を見ても、泣かなかった。涙なら最後のデートをするまえにたくさん流していたからだ。男と女では、別れの悲しみにもタイムラグがあるようだった。女は別れを予感し、男は別れを後悔する。先に喪失の悲しみに打たれるのは女だし、失ったものを何度も思い返すのは男だ。女は切れるが、男は切れない。きっと事実を認めるのに、時間がかかる人たちなのだ、男という生きものは。

新潮社の新しい文芸誌「yomyom」所収。