坂口安吾「私は海をだきしめていたい」

私の心はただ貪欲な鬼であった。いつも、ただ、こう呟いていた。どうして、なにもかも、こう、退屈なんだ。なんて、やりきれない虚しさだろう。

私はふと、大きな、身の丈の何倍もある波が起こって、やにわに女の姿が呑みこまれ、消えてしまったのを見た。私はその瞬間、やにわに起こった波が海をかくし、空の半分をかくしたような、暗い、大きなうねりを見た。私は思わず、心に叫びをあげた。

高校生のための文章読本

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