開高健「”夜と霧”の爪痕を行く」

開高健「”夜と霧”の爪痕を行く」 高校生のための文章読本より

「・・・おいでなささい。」
案内のスラヴ顔のおばさんが池の岸辺におりてゆくのでついてゆくと、彼女は水のなかをだまって指さした。水はにごって黄いろく、底は見透かすすべもないが、日光の射している部分は水底がいちめんに貝ガラをちりばめたように真っ白になり、それが冬陽のなかでキラキラ輝いていた。いうまでもなかった。その白いものはすべて人間の骨の破片であった。

一度微塵に砕かれてみたいと思っていた予感は冬空のしたで完全にみたされた。すべての言葉は枯葉一枚の意味も持たないかのようであった。

高校生のための文章読本

高校生のための文章読本

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