今日の短編(18) レイモンド・カーヴァー「あなたお医者さま?」

話を続けてしまったのが運のつき。魔が差したと言うのでしょう。
レイモンド・カーヴァー「あなたお医者さま?」 (Are You A Doctor ? by Raymond Carver)

「あたなって優しい方なのね」と女が言った。
「私が? ま、そう言っていただけるのは嬉しいですがね」そのまま電話を切ってしまうのがまともなやり方であることは彼にも良くわかっていた。しかしこの静かな部屋の中に声が響くのを聞くのは、たとえそれが自分自身の声であるにせよ、悪くはなかった。

彼は両手をコートのポケットに深くつっこみ、歩きはじめた。家に着くと、電話のベルが鳴っていた。彼は指のあいだに鍵をはさんだまま、電話のベルが鳴りおわるまで、部屋の真ん中で、身動きひとつせずにじっとつっ立っていた。それから手をそっと心臓の上にのせた。重ね着の厚い布地をとおして、胸の鼓動が感じられた。少しあとで、彼はベッドルームにひきあげた。

頼むから静かにしてくれ〈1〉 (村上春樹翻訳ライブラリー)

頼むから静かにしてくれ〈1〉 (村上春樹翻訳ライブラリー)

所収。