散文

別役実「とぜんそう」

大真面目な顔で嘘をつく。信じ込ませることに成功すると、すごく気持ちがよい。ところどころにユーモアが顔を出している。 別役実「とぜんそう」 高校生のための文章読本より ともかく、現在《とぜんそう》の栽培は禁止され、我が国では和歌山県の農業試験場…

モーツァルト「姉への手紙」

モーツァルト「姉への手紙」 高校生のための文章読本より ごきげんよう。ぼくの肝臓(ルンゲル)ちゃん。キスをおくるよ、ぼくの肝臓(レバー)ちゃん。ぼくの胃袋(マーゲン)ちゃん、いつも変わりないあなたのろくでなしの弟、ヴォルフガング。お願い、お…

高橋源一郎「さようなら、ギャングたち」

高橋源一郎「さようなら、ギャングたち」 高校生のための文章読本より そしてわたしは偉大な鉄工所でも働いた。 偉大な鉄工所においては「耳栓」こそが生命と繁栄のシンボルだった。 高校生のための文章読本作者: 梅田卓夫,清水良典,服部左右一,松川由博出版…

筒井康隆「バブリング創世記」

これ、なんどか見たことがありました。最初の数行はへぇと読んでいくのですが、ページ一杯に広がるこのカタカナの圧倒的破壊力を前に、字面をきちんと追いかけて読み進めていく根気を保てない根性無しでした。 筒井康隆「バブリング創世記」 高校生のための…

小林秀雄全作品から(6) 「常識」

やりたいことや知りたいことを探すのに、物理的な距離や、言語は以前と比べてそれほど障害にならない。自分ひとりでの閉じた作業ではなく、誰か他者と何かを一度も会うことなく一緒にすることも容易になった。自分の立っている場所、共同体、社会の常識とい…

小林秀雄全作品から(5) 「読書週間」

子どもの頃から本は大好きだった。気に入った本はその内容が身体のどこかに染み込んでいるだろうと思えるほど、何度も何度も読み返した。大きくなって、読みたい本が加速度的に増え、読める時間がぐんと減って、気に入った本を読み返すことがめっきり減った…

(手帳2)一番古い記憶

自分史を書いてもらうために、授業のたびに一つの質問に答えるメモを取り続けてもらったことがある。7ヶ月か8ヶ月くらいかけて答えてもらった30数個の一番最初の質問が「あなたの一番古い気を句を教えてください」であった。お、と興味を引いてもらいやすい…

森茉莉「猛獣が飼いたい」

当たり前を、平凡を拒絶した、超越しているような感性。 森茉莉「猛獣が飼いたい」 高校生のための文章読本より 私が若かったとして、だれかがおむこさんを紹介してくれるよりも、一匹のライオンの仔か、黒豹の仔(両方ならなお満足)をくれた方がうれしい。…

野間宏「地獄篇第二十八歌」

野間宏「地獄篇第二十八歌」 高校生のための文章読本より 両手をズボンのポケットにつっ込み、つっ立っている長身の彼の体には、自分で自分の体を扱いかねているような不自由で苦しげなところが露わに表れている。 高校生のための文章読本作者: 梅田卓夫,清…

I・ディネーセン「イグアナ」

物凄くステキで輝いてみえていたものが、手に入れるとありきたりのなんてことないものに見えてしまうのは何故だろう。 I・ディネーセン「イグアナ」 高校生のための文章読本より 私はイグアナの死体が横たわる石に向かって歩いていった。ほんの何歩といかな…

吉行淳之介「蠅」

性を意識する時に感じた自分の肉体が自分でないような、違和感と拒絶感。同様に他者の肉体も同じように遠く受け入れがたいものと感じられる。 吉行淳之介「蠅」 高校生のための文章読本より その瞬間、少女はよろけて、半歩遅れた。立ち直ったとき、目の前に…

(手帳1)表現への扉をひらく

どの作品を選択するか、どこを引用、抜粋するかという選者の目が、意思がアンソロジーの価値であり、醍醐味なのだと思う。どう見るか。どう書くか。視点の多様性と幅の広さを一同に見ることは非常に面白く価値のあることだと思う。 (手帳1)表現への扉をひ…

小林秀雄全作品から(4) 「教育」

身も心もおじさんですから、などとうそぶきつつ、内心すぐ近くに寄り添っていたつもりだったけれども、気がつけば、彼らと僕の年齢上の差はどんどん広がっていく。はじめから大変なことだったけれども彼らの世界をなんとなく理解するだけでも、その困難は年…

小林秀雄全作品から(3) 「自由」

事物と、物事。身体と体と躯・・・言葉が違うということは、その意味するところのものにはなにかしらの違があるはず。しかしその我々がその差異を意識することはほとんどない。自由という言葉は懐の深い、たくさんのニュアンスを飲み込んでしまう言葉なのだ…

武満徹「吃音宣言―どもりのマニフェスト」

武満徹「吃音宣言―どもりのマニフェスト」 高校生のための文章読本より 音と言葉を一人の人間が自分のものにする最初の時のことを想像してみたらいい。芸術が生命と密接につながるものであるならば、ふと口をついて出る言葉にならないような言葉、ため息、さ…

島尾敏雄・ミホ「戦中往復書簡(抄)」

島尾敏雄・ミホ「戦中往復書簡(抄)」 高校生のための文章読本より 八月十三日 夜中 (特攻戦発動、出撃準備ノ夜) 北門ノ側マデ来テイマス ツイテハ征ケナイデショウカ オ目ニカカラセテクダサイ オ目ニカカラセテクダサイ ナントカシテオ目ニカカラセテク…

原民喜「鎮魂歌」

原民喜「鎮魂歌」 高校生のための文章読本より それは僕のなかにあるような気がする。僕がそのなかにあるような気もする。 僕をつらぬくものは僕をつらぬけ。僕をつらぬくものは僕をつらぬけ。一つの嘆きよ。僕をつらぬけ。無数の嘆きよ、僕をつらぬけ。僕は…

開高健「”夜と霧”の爪痕を行く」

開高健「”夜と霧”の爪痕を行く」 高校生のための文章読本より 「・・・おいでなささい。」 案内のスラヴ顔のおばさんが池の岸辺におりてゆくのでついてゆくと、彼女は水のなかをだまって指さした。水はにごって黄いろく、底は見透かすすべもないが、日光の射し…

モーパッサン「『ピエールとジャン』序文 ―「小説について」」

モーパッサン「『ピエールとジャン』序文 ―「小説について」」 高校生のための文章読本より 「もし何らかの独創性をもっているならば、なによりもまずそれを引きだすべきである。もしも独創性をもたないならば、なんとかしてそれを一つ手に入れなければなら…

小林秀雄全作品から(2) 「美を求める心」

目の前にあるものを、先入観なく見つめることは難しい。固定観念や、記号化された概念に当てはめ、定義してしまったほうが簡単で楽だし、なにより早い。事物に限った話じゃなくて、「朝弱い」とか「体が弱い」「人の話を聞かない」なんていう人物に対する評…

小林秀雄全作品から(1) 「喋ることと書くこと」

どんな語り口が適切なんだろう、ということは良く考える。しゃべくりっぱなしでは意味がない。自分の側に引き寄せて考えてもらわないことには始まらないよな。 1回きりの講演と違い、関係性は作っていける分、多少楽か。 意味の含有率は大事。 声に出して読…