天才の栄光と挫折 数学者列伝

アンドリュー・ワイルズの項に感動した。彼はフェルマーの最終定理の証明とイコールといわれた谷村志村予想の証明を1994年に成し遂げた人物。フェルマーの最終定理とは350年間多くの数学者を苦しめ悩ませ破滅させてきた定理で、次のように説明されている。

nが3以上の整数であるとするとき
Xのn乗+Yのn乗=Zのn乗を満たす正の整数 X Y Z は存在しない

数学は高校一年の1学期で投げ出して以来今でも苦手意識の塊であるし、数学的な記述はやはりわからないところも多いのだけれども、一つの大きな問題に立ち向かってそれと戦い続けた姿に感動した。
まさか数学の本を読んで涙腺を刺激されるとは、まったく思ってもいなかったことだった。

「形容できない、美しい瞬間でした。とても単純でとても優雅で。なぜそれまでに気づかなかったのか自分でも分からず、二十分間ほどじっと見つめていました。それから数学教室を歩き回っては机に戻るということをくり返し、アイデアがそこにまだあることを確かめていました。とても興奮していました。」
そしてしばらく何かを思い出すように沈黙してから、
「あれほどのことはもう二度とないでしょう、私の生涯に」
こう言うとワイルズは突然絶句し横を向くと、カメラをさえぎるように右手を振った。

この難事業をの困難さはエベレストと富士山の間に架け橋をかけるようなものと藤原はたとえている。なんと壮大なイメージだろうか。理屈も実用性も想像もつかないけれども、この困難に負けずやりきる精神力と思考力と知性の輝きが素晴らしいこと、数式の美しいということは僕の様な門外漢にもよくわかる。数学の勉強がしてみたい。そう思わされた一冊だった。

アンドリュー・ワイルズの他には次の8人の素顔について描かれている。

業績や地位についてばかりでなく、日常の生活を素顔を探そうという筆者の藤原正彦の思いが良く伝わってくる名作だと思う。これが1100円で手に入るのだから、素晴らしい世のなかだ。

天才の栄光と挫折―数学者列伝 (新潮選書)

天才の栄光と挫折―数学者列伝 (新潮選書)