小林秀雄全作品から(10)「ゴルフ随筆」

このべらんめえな感じがちゃきちゃきの江戸弁というものなんだろうか。落語をきいているような、そんな気分になる。

もともと、今ちゃんには買い物の癖があるのだが、こういう次第になると、いよいよこの癖がつのり、ゴルフに関するいろいろな品物を買って来ては、能書きを言う。馬鹿々々しいとは知り乍ら、対抗上ついこちらも買うから、知らぬ間に、具にもつかぬ物が身辺にたまって来るのがいまいましい。

ところが、ポケットの中に置く癖がついて、ミラノの部屋の鍵がローマの宿屋で、ポケットから出て来たりした。て、妙な事というのは、或る時、又、一と休みで煙草をのもうとするとポケットにライターがない。「へえ、もうなくしたかい」と彼はワイシャツのポケットから、又自分の風よけライターを出した。ところがもう一本のもうとすると、今ちゃんは、今度はズボンのポケットからもう一つ同じライターを出した。「こら、待て」と言っても、未だ彼は気が附かなかったのである。どうも彼の対抗意識はフロイド的に説明しなければならないところまで発達したものとも思われる。

グリーンで、又六のボールが宮田のボールに当たった。
「又六さん。パットというものは気を落ち着けてね」
「重雄さん。お気の毒だね。ペナルティを戴くよ」
悶着の起りというのが、かくの如く低級なのである。両方でペナルティを払って貰う気なのだ。あいにく立会人が私で、天狗がいないから、埒があかない。
「自分でぶつけて置いて、ペナルティを払えとは何んだ」
「この間、規則が改正になったのを知らないな。無知ほど恐いものはない」
「嘘をつけ。人の頭をなぐって置いて、頭を出しているからって、そんな理窟はあわない……」
「まあ、そんな土方みたいな声を出すな。規則は規則さ」
「うわッ、こりゃもう『ゴルフ怪談』だ。なあ、キャデー」
キャデー達、返事も出来ない。まさか、これが新聞ラヂオで高名な先生方とは知らないから、近頃、客種もめっきり落ちたといった顔附であった。

小林秀雄全作品〈21〉美を求める心

小林秀雄全作品〈21〉美を求める心

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