小林秀雄全作品から(6) 「常識」

やりたいことや知りたいことを探すのに、物理的な距離や、言語は以前と比べてそれほど障害にならない。自分ひとりでの閉じた作業ではなく、誰か他者と何かを一度も会うことなく一緒にすることも容易になった。自分の立っている場所、共同体、社会の常識といわれているものは決して絶対じゃない。立ち居地の、視点のしがい、あくまで相対的なものでしかないことを、現代人のほうが多分当時よりも近しいものとして感じる機会が増えているじゃないかと思う。それを感じ取るアンテナがはられているか、が問題であるのだろうな。

  • 「常識」昭和30年(1955)4月「朝日新聞」に発表

常識は、何事によらず、行過ぎというものを好まない

自己は、いくらでも主張していいが、うぬぼれるな。狂信的になるな。他人の、いや敵の自己主張も尊重しろ。封建主義の道徳もこんなに難かしくはなかったのである。十九世紀以来、政治史は、この難かしさを証明して来た。これからも証明するであろう。もし、人々が、そんな人間の自然の性情に反する様な道徳は御免だと言い出さなければ。反自然的でない道徳など無意味であるという簡単な事を失念して了わなければ。

小林秀雄全作品〈21〉美を求める心

小林秀雄全作品〈21〉美を求める心

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