今日の短編(39) レイモンド・カーヴァー「自転車と筋肉と煙草」

きっと忘れない、と思っていても年月とともに薄れていく記憶がある。小さな頃にはあんなに鮮明だったのに、一体あの思い出はどこに消えてしまったのだろう。脳みその小箱のどこかにまだ入っているのだろうか。
父親が父性を公共の場で示せる機会と言うのはぐんと減ってしまっているような気がする。示せればいいのか、というとそういうものでもないとは思うけれども。祖父の父性?が示されることはさらに希薄で、昔はこわかった人が今ではすっかり好々爺というのは良くある話なのだろうか。
レイモンド・カーヴァー「自転車と筋肉と煙草」 (Bicycles, Muscles, Cigarets by Raymond Carver)

「ねえ、父さん、おじいちゃんも父さんと同じくらい強かったの?つまり、おじいちゃんが今の父さんくらいの歳の頃っていうことだけどさ。そして父さんが――」
「そしてお父さんが九つの頃っていうことかい?それが知りたいのかい?うん。おじいちゃんは同じくらい強かったと思うよ」とハミルトンは言った。
「ときどきおじいちゃんのことが思い出せなくなっちゃうんだ」と子供は言った「おじいちゃんのコト、忘れたくないと思うんだ。ねえ、父さん、僕の言ってることわかってくれる?」

頼むから静かにしてくれ〈2〉 (村上春樹翻訳ライブラリー)

頼むから静かにしてくれ〈2〉 (村上春樹翻訳ライブラリー)

所収。