今日の短編(31) 吉本ばなな「ハチハニー」

ハチミツレモンではなくハチハニー。傷を癒すために、悲しみを薄めるための母の愛。
吉本ばなな「ハチハニー」

時間をかせぐのだ。それしかできないのだから。野生動物がじっと傷をなめて、熱をもった体中を癒すために暗がりでただ待っているように、精神がじょじょに回復して、うまく空気が吸えて、まともなことを考えられるようになるまでこうしているのがいちばんいい。

悲しみは決して癒えることはない。薄まっていくかのような印象を与えて慰められるだけだ。私の悲しみはこの親たちに比べてなんとひ弱なのだろう。根拠もなく、このような不条理さに支えられてもいない。ただぼんやりと過ぎていく。ただしどちらがえらいことも深いこともない。皆等しくこういう広場にいる。私は想像した。

不倫と南米―世界の旅〈3〉 (幻冬舎文庫)

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所収。