今日の短編(28) レイモンド・カーヴァー「学生の妻」

眠りに取り残されてしまった夜は長い。太陽は同じように沈み、そして昇ってくるだけなのに、「やっと待ち望んでいた朝が来た」「もう朝になってしまった」正反対の感情がその時々に起こる不思議さ。彼らは社会に参加できているような、できていないような、そんな中途半端な状態なのではないだろうか。
レイモンド・カーヴァー「学生の妻」 (The Student's Wife by Raymond Carver)

「つまりねえ、それは本当に果てしなく続くんじゃないかというような長い長い夢なのよ。そういうのってあるでしょう、何もかもが繋がっていて、それがみんなそれぞれに進行していくようなやつ。でも今ではもう全部は思い出せない。目が覚めたときには隅々まですごくくっきりと思い出せたのよ。でもどんどん霞んでいってしまっている。」

外が明るくなりはじめると、彼女は立ち上がった。そして窓のところまで歩いていった。丘の上の空が白みを帯びていった。空には雲ひとつなかった。じっと見ているうちに、樹木や、通りの向かいに並んだ二階建てのアパートメント・ハウスなんかのかたちがだんだん浮かびあがっていった。空はますます白くなり、丘の背後からこぼれる光が急速に広がっていった。子供たちのどちらかと一緒に起きていたときを別にすれば(彼女はそれは勘定にいれなかった。というのは、そういうとき彼女は外なんか見なかったし、ベッドか台所に急いで戻っていっただけだから)、これまでの人生で夜明けなんてほとんど見たことがなかったし、それもまだ幼かった頃に見ただけだった。でも彼女の覚えている夜明けというのはこれとはまったく違うものだった。彼女が見たどんな写真にも、彼女が読んだどんな本にも、夜明けというのがこんなにたまらないものだとは描写していなかった。

頼むから静かにしてくれ〈1〉 (村上春樹翻訳ライブラリー)

頼むから静かにしてくれ〈1〉 (村上春樹翻訳ライブラリー)

所収。