今日の短編(19) レイモンド・カーヴァー「父親」

父親の不在、無個性、消失が際立つ。そこにいるのにそこにはいない。
レイモンド・カーヴァー「父親」 (The Father by Raymond Carver)

「赤ん坊は誰に似ているかしら?」
「誰にも似てないわ」とフィリスは言った。みんなはもっと顔を近づけて見た。
「わかった、わかった!」とキャロルが言った。「この子、お父さんに似てる!」みんなはさらに顔を近づけた。
「でもお父さんは誰に似てるのよ?」とフィリスが訊いた。
「お父さんは誰に似てるのよ?」とアリスが繰り返した。そしてみんなはいっせいに台所の方に目をやった。そこでは父親が、家族に背中を向けてテーブルの前に座っていた。
「そんなの、誰にも似てやしないわよ」とフィリスは言ってしくしく泣き始めた。

頼むから静かにしてくれ〈1〉 (村上春樹翻訳ライブラリー)

頼むから静かにしてくれ〈1〉 (村上春樹翻訳ライブラリー)

所収。