世界遺産 マサダ

イスラエル死海。世界一低い湖。見事に深い藍色旧約聖書に死の海と記された。死海のほとりマサダは岩山の上には紀元前35年ごろユダヤの王、ヘロデ王の都があった。見渡す限りの岩、山、谷が続く。そのうちの一つの山の上にヘロデ王の宮殿があった。

石の都、緑はどこにも見えない。死海はすぐ近くにあるけれども、海水の十倍の濃度の塩水は飲めず。どうしていたのだろう。と思っていたところで答えが。雨季に降った雨をふもとにためておき、労働者に毎日担ぎ上げさせていたそうだ。

死海文書(イザヤ書)の一部が映される。約束の地エルサレムの、前回前々回に見た景色が再び。エルサレムを追われマサダに逃げ込む。ヘロデの都を砦としてローマに最後の抵抗。篭城1000人ローマの追っ手は8000人。高くそびえる岩山に決着はつかず、2年にわたりにらみ合いが続く。(水は??)

ローマ軍が取った手は、深い谷を生め、頂上に到達する人工のスロープを作り出した。土を盛るのは捕虜になったユダヤ人。同胞に弓を向けることは出来ず、スロープの出来るのを見ていることしかできなかった。

男達が家族の命をたち、10人ずつのグループを作り、1人の代表を残し、9人は命を絶つ。その繰り返しで最後に残ったのは9人の老婆と5人の子どもだけであった。

イスラエル軍の入隊式は今でもマサダで行われる。「ノー・モア・マサダマサダは二度と陥落しない。

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