コミュニケーション能力

内田樹の研究室 2006: 「この球は唯一無二の一球なり」

今期最初の授業は一年生の基礎ゼミ。
このゼミの教育的目標はコミュニケーション能力の開発です、とご挨拶をする。
コミュニケーション能力というと諸君は適切なことばやみぶりを駆使して「自己表現する能力」ということを考えられるかもしれないけれど、それはすこし違う。
コミュニケーションの基本はまず「聴くこと」である。
君たちの耳にはとりあえず「ノイズ」にしかきこえないシグナルを「メッセージ」として読み解くこと、それがコミュニケーションの基礎である。
ノイズをメッセージに繰り上げるためには、聴く君たちの「理解のスキーム」のどこかに「外部へひらくドアをあける」ことが必要だ。
それは「理解できないことばに耳を傾ける」という構えによって示される。
他者から到来する「理解できないノイズ」に敬意をもって耳を傾ける習慣をもつことができる人間だけが、自分の中からわき上がる「理解できないノイズ」に敬意をもって接することができる。
自分の中からわきあがる「理解できないノイズ」をメッセージのかたちに組み立てる能力、それがそのまま「表現する力」に結実する。
そのためにはまだ諸君の語彙に登録されていないことばを探し当て、語りのトーンやピッチを選び出す作業が必要だ。
わかりにくい話ですまない。
しかし、こういう「わかりにく話」をひたすら浴びることによってしか、諸君のコミュニケーション能力は育つことがないのである。